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2009-05-04横組・縱組

横組・縱組

近來學術雜誌には横組印刷のものが殖えて來た。この現象の由來影響等を考へて見ようといふのが本稿の目的である。

この組方の行はれるのは多分二つの理由から出てゐるのであらう。一は縱書より横書の方が自然であり、從つて效果的であると云ふこと、一は横書の方が歐語、歐文を組み入れるに便利であると云ふことである。横讀が效果的であると云ふ事に關しては夙に元良勇次郎博士の實驗が有る(東洋學藝雜誌、第百六十五號)。網膜の視力は横の方角に最も良く發達して居り、眼球の左右の運動は上下の運動よりも容易である。

この二つの事が縱讀に比して横讀の方が遙に效果的であると云ふ主張の最も有力な根據であつた。元良氏に據ると、横讀縱讀の利害の問題は既にそれより十二、三年前にも一度討論せられたと云ふ。元良氏以後に於ても亦なほ研究せられてゐることと思ふ。


近頃學術雜誌に横組印刷の行はれるのは、右に述べた心理學的能率論に從ふのよりも寧ろもつと實際的な他の需要にかなはしめる爲であるらしい。即ち化學、數學等の方式、歐米の固有名詞、術語等を併せ印刷するに便利だと云ふことである。

實際の例に就いて見ると、この傾向は右に述べた範圍を遙に超越してゐることを知る。即ち固有名詞その他の不翻語を原語のまゝロオマ字綴りで插入するといふことの他に、不翻語といふべきで無いものまでもさうするといふ新しい慣習を生ぜしめて居るのである。この慣習にもまた幾多の階段が有る。まだ定譯の無い試譯とともに(或はこれ無しに)掲げるといふのがその一である。かくの如きは獨り邦文印刷に於ける特殊の現象では無く、ヨオロツパ語の場合でも同樣である。唯その場合には、自國語が同じくロオマ字綴り且つ横組で有るから、邦文印刷の時の如くには目立ちもせず、不便にもならぬのである。

然し我國の横組印刷に於て其程度が遙に進んでゐる。即ちとにも角にも翻譯語が有るにも拘らず、通常目や口に慣れてゐると云ふやうな關係からしばしば原の外國語をそのまま邦文中に插入してゐるのである。


さうするとこゝに第二段の新しい現象が起つて來る。即ち現代外國語(稀にはギリシア語、ラテン語)の特殊性(その名詞、動詞等の變化、性、格、時としては前置詞、分詞などまでをも附隨せしめる)が邦文と混淆して來ることである。それが度を過ぎると、國語の獨地性が害はれるやうになる。

かゝる外國語は、學問の種類により、或はイギリス語であつたり、或はドイツ語であつたり、或はフランス語であつたりする。それがドイツ語で有る場合を例に取るに卵黄(蛋黄)の代りに「ドツテル」といふ原語が現れる。時として形容詞を件つた名詞が用ゐられる。

偶然座右に在る一書から例を求めると、「スペチフイツシエ・ヘルツホルモン」、「ホルモン・デル・ヘルツベヱエグング」(原文では無論ローマ字綴の原語で印刷してある)が見付かつた。

後のものは「心搏動のホルモン」の義で「ホルモン」を不翻語と見ても、他は確然たる邦語の存するものである。前のものも同樣で「特殊ホルモン」の義であるが、ここに一つの問題が提供せられてゐる。即ち「ホルモン」と云ふ語がドイツ語として用ゐられそれに形容詞が附せられる場合には、その名詞の性に依從すると云ふ原語の性質の主張が現れて來ることである。此場合には故意か無頓着か「ホルモン」と云ふ語の性をば無槻してゐる。原語に忠實なれば「スペチフイツシエス・ホルモン」と記されなければならぬ。


われわれがまだ學生であつた時、青山胤通先生は其講義のうちで、ドイツ語の形容詞の變化をば原語の性に從はせず、專ら女性變化の形にして用ゐられた。側聞するに、田口和美先生は邦語中に挾むドイツ語の性、數、格等の變化を正規的に區別せられたと云ふ。古昔ヨオロツパの學者が自國語のうちにラテン語を入れる場合は亦そのやうであつたらしい。現在、ドイツでは、少くとも科學の方面では、ラテンの名詞は主として單數第一格の形でこれを插入し、その複數はドイツ風に變化せしむることが多い。

さういふ事はしばらくおき、われわれが横組印刷を見て感ずる所は、既に現代歐米語が著るしく邦文中にはびこつて來た事である。

この傾向は必ずしも學術雜誌において見らるのみならず、平常の會話、日々の新聞紙の上にも窺はれるところで、また鐵道省の如き官廳が往々その助長者の役を演じてゐる。

數年前の事であるが、仙臺市が「國産愛用デー」といふのを催し、旗を吊し、ビラを貼つた。僕はひそかに疑つた、言葉は國産愛用の範圍外であるのかと。かういふ傾向に對しては、既にまた反動も現はれてゐる。

醫學の講義に多くドイツ語を混ずる仕方をば「テニヲハドイツ」と稱して輕蔑し排斥する一派が有る。即ち講義と限らず、著述一切を純粹の邦語を以て綴るべしと主張する者である。明治五年に森有禮氏が一種の新英語を作つてこれを國語としようと考へ、明治十八年に高田早苗氏も同じやうな説を述べ、肥塚龍氏は英語を以て第二の日本語となすべしといひ、末松謙澄氏が終生この主張を保持し、また大正三年にさへ時枝誠之氏がネオ・ジヤパニイスの提唱(假名交りの文中に漢語の代りに英語を插むこと)を爲したなどを顧みると、時勢の言論の上に及ぼす影響の甚だ大なるを感ぜざるを得ない。論者の純粹の日本語といふはどんなものかよく解らぬが、たゞドイツに於けるのみならず、我國に於ても國語中に濫りに外國語の侵入するを防がうといふ議論の有ることは注意して置く要が有る。

一方にはまた邦語から成るべく漢宇、漢系語を減じようといふ主張が有る。その極端は假名宇論及びロオマ字論である。別に新國字論が有るが、是れはまだ顧みるに足る程の勢力にはなつて居ない。

不必要の歐米國語の邦語に混ずるのを防がうと云ふ主張と、漢字漢系語排斥の論とは理論上必しも矛盾するのではない。然しながら實際にはかなり相背馳する傾向になつて居るのである。

若し同時に此二つの主張(時とすると共同して現はれることがあるが)に從ふとすると恐らくは邦語をして甚だ貧弱な機關たらしめるであらう。それは言葉と云ふものは決して鼠の子の如くひとりでに殖えて行くものでは無いからである。


ロオマ字論者の間に「ことばなほし」と云ふ事が行はれてゐる。「なほし」といふ語の意味は、雪駄なほしや、錠前なほしの場合の如く、破損をつくろふといふのではない、「世なほし」の場合の如く、歪めるものを匡正せんといふのである。同音語の多い漢系語を排し、雅語、俗語の間から日本語らしい語感を有する語を復活し、或は新作しようと云ふので、實は寧ろ一種の新造語運動である。「散歩」や「逍遙」のかはりに「そぞろあるき」を採用するのは段々と使用の廢りかけてゆく語の復活であるが、輪生を「ワヅキ」叢生を「ムラガリヅキ」と直すのはもう新造語である。而もこの新造語には極限られた範圍にしか成功せぬと云ふ危倶が件ふ。

それは、一には、同音語の多いのは單に漢系語と限らず、純粹の日本語でも或程度まで同じやうだからである。ロオマ字家は「結論」の代りに「むすび」といふ宇を用ゐるが、握飯と間違ふ恐れがあらうし、植物學上の「子葉」を「コノハ」と直したのでは、死語とはいへない「木の葉」と區別することが出來ない。

第二に言葉の進歩分化を妨げて國語を「基本英語」的なものに退化せしむる恐れがある。或人は「本領を發揮する」は「それぞれ得意な腕前をあらはす」と直すことが出來るといふ。實は後者は前者の極めて不完全な一解釋で、必ずしも同一義の語ではない。かういふ「ことばなほし」を日本語に施したなら、我國の文化をして中學生の程度に低下せしめるものである。哲學的思考は衰へ、從つて道徳は廢れるに至らう。

本來言語といふものは新しく發生した認識に對して意識的に造られた名稱である。その認識の發生が自國内で行はれる場合には自然的な名稱が生じて來る。自國内で起つても、思想が極めて分化したあとの事であれば、平常使用するなだらかな國語の間に新語の材料を求めることは困難になる。それ故にヨオロツパにおいても、哲學、自然科學等の新術語はギリシア、ラテン等の言葉の間に之を求める習慣がある。ヨオロツパに於ても古典的死語との絶縁は、なか/\容易には行はれないのである。

若し新しい認識が外國からの輸入である場合には、勢として外國語が入つて來るのである。日本語に漢語、漢系語の多く混ずるのはこの故である。そして現代に於てはこの輸入は主として歐米より來る。然しながら支那の過去の文化が甚だ高く、我邦は之を應用して亦其文化を高め、かなり分化した言語を有してゐるから、漢語又は漢系語を組合せて、新に必要となつた外國語を飜譯して同化することが出來た。明治以來この故に新造漢系語の洪水を來したのである。

之に由つて知られるのは、言語の増殖は必しもヒドラ蟲の自體から芽を出し、それが母體から離れ落ちて、いくらでもいくらでも其數を増すが如くには行はれず、寧ろつぎきの法で枝分れをして行く方が主なものであると云ふことである。そして言語のつぎきには、從來の形式に適應せしめてするものと、殆ど原物その儘でするものとの二つの方法がある。多分イギリス語の如きは主として第二の方法でずんずんと發達して行つたものであらう。然しかくの如き異分子を直ぐ同化するに堪へぬ國土がある。例へばフランスの如きは他國の言語を容るること極めて狹く、アカデミイと云ふ關門が有つて、年々僅少の語の輸入を許すばかりである。

一且從來の形式に適應せしめて然る後に同化する法は、今まで我々が漢系語及びその造語を以てする飜譯で試み來つたものである。所が國字改良論者の漢字、漢系語排斥運動に從ふと、此方法は廢棄せられねばならぬ。否國字改良論者の運動を俟つまでもなく、古典的教養の乏しくなつたことによつて、自然にこの方法には弛みが來た。そして「テニヲハドイツ」を好むと好まざるとに拘らず、原語そのままの使用はずんずんと行はれて制止することが出來なくなつた。森有禮氏の亡靈は形を變じて還歸してゐる。

現代外國語の流通を阻むものに感情的要約と、形式的要約とが有る。前者は感情的に外國語を好まざるものであるが、我國では此點頗る寛容で、「國産愛用」に「デー」を附けて極めて平氣である。形式的の要約の方は、横書、横組の方法によつて、外國語插入の困難を著しく輕減せしめた。そして既に第一號と書く代りにNo.1と書くやうな仕方がしばしば行はれるやうになつた。

横書、横組印刷と云ふことは、實はロオマ字國字主義の實行上の前段階である。更に進んでロオマ字が國字として採用せられるやうになつたと假定して見ると、現代外國語の輸入は一層盛んになると推量せられる。何となれば漢系語は極めて制限せられた上、尋で起つた「言葉直し」では、まだ思想の分化に應ずるだけの言語を十分に供給することが出來ないから、勢ひ、歐米の語をそのままに、或は一流の「言葉直し」にかけてのち使用しなければならぬやうになるのは必定だからである。

僕が闇に邦語に外國語の混ずるのを防がうと云ふ主張と、漢字、漢系語を排斥しようと云ふ主張とは、理論上は矛盾しないかも知れないが實際は兩立しにくいと云つたのはこの故である。國語の貧弱になるのを(從つて文化の低下するのを)防ぐためには實際兩者の二つを取るか、又は其うちの一を選ばなければならぬからである。

そしてロオマ字論者は、或は意識的に或は無意識的に漢系語を捨てゝ、現代外國語を取るといふ傾向の上に在るのである。牛を馬に乘換へるといふ諺の如く、現代に於ては漢學的文化を去つて、歐米文化に就いた方が得策であると考へるのである。そしてこの根本主張は或は自覺しないでゐるか、或はことさらに之を匿してゐるのである。能率主義の如きは、實はこの主張に到る過程に過ぎない。

以上は成るべく自分の偏愛、傾向といふものを滅して事實を公平に洞察した結論だと信じてゐる。この考察に誤りが有ることを教へられゝば、僕に取つては甚だ幸福である。然し若し僕の觀察が正鵠に{中}{あた}つたものとするならば、これに就いて早く措置をしないで置くと一般文化の上に大害をかもすに至らう。漢學的古典的教養は外國語に由る教養に置き換へらるべきものであるとするなら、高等の學校における外國語の修業はも一層進めた上に、更にその古典までに遡らしめなければならぬ。唯ベルリツツ式の外國語の習得は當座の用には立つても精神の糧にはならぬ。

もしその事が不可能だとすると、また一國の道徳及び文化は、やはり歴史主義の根帶の上に確定せねばならぬとしたなら、漢字、漢系語の廢止の事は再考せねばならぬ。西洋でいふ「ユマニテエ」に當るもの——即ち和漢の古典の教育をもつと盛にしなくてはならぬだらう。

概して曰ふにロオマ字論は自然科學者の畑に繁茂して居る。そして自然科學者は割合にこの「ユマニテエ」の問題に無關心である。然し考察の根柢にこの「ユマニテエ」の思想を入れると、彼等の所謂能率主義は決して既決の先決問題ではない。その前に論議すべき多數の根本問題が存するのである。

かゝる問題の吟味は一國最高の知識と智慧とを動員して始めて行はるべきものである。當座の便宜主義を以て事を定むべきではない。文部省の假名遣ひ、鐵道省の右書左書の問題が幾度かその原則に動搖を來して、國民を迷はせるやうなのは以ての外の事である。

横書縱書の事の如きも、芝生の上に道を付けるやうに、漫然と時の歩みに任せて置く可きではなからう。一見些細のやうに見えるかくの如き問題にも最善の考慮が施されねばならぬ。漢字、漢語を排斥して、現代外國語を容れるといふことが、單に建部遯吾博士の嘗て言はれたやうに愛新主義と事大主義のものであつてはならぬ。

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舩木直人(funaoto@hat.hi-ho.ne.jp)