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假名遣の歴史
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2009-04-29假名遣の歴史 附録一/附録二

第十四 ウ列拗音の長音として示せる例は拗音にあらず

國語調査會が國語假名遣の中に、國語のウ列拗音の長音なりと示せる例を見るに、

「しうと」を「しゆうと」 「しうとめ」を「しゆうとめ」

とせるあり。この場合の「しう」は吾人の耳に「しゆう」の如くに聞ゆることあるは吾人必ずしもこれを否認せず。然れども、吾人はこれを以てこれを拗音となりおほせたりとは認むる能はざるなり。これらは上の「し」音と下の「う」音との接触によりてその音が相互に關渉を起し、その「し」より「う」に遷移する際に拗音の如き現象を呈するに至るは自然の事なれど、これが拗音に變化し、二音の資格を失ひ一の長音となれりとは認むべからず。

次に

「おほきう」を「おうきゆう」 「あたらしう」を「あたらしゆう」

「かなしう」を「かなしゆう」 「すずしう」を「すずしゆう」

と改めたるあり。これらは形容詞の連用形の「く」が音便によりて「う」となりたるものなれば、それらを「う」とかくことは古來の定則たり。これを以て卒然として見れば國語調査會案の

おうきゆう、あたらしゆう、かなしゆう、すずしゆう

の「う」と同じやうに見らるべけれども、その文字の價値は全然別なり。形容詞の音便の「う」は一音の價値を有するものにして一の文字たる資格を具有するものなれど國語調査會の「う」は所謂拗音の長音の記號たるに止まり、いはゞ棒引の「ー」と大差なき附属的記号に過ぎざるなり。こゝに於いて問題はその形容詞の連用形の音便が「う」にありや又「きゆ」「しゆ」にありやといふ點に移るべし。然れども吾人は形容詞の音便が

  大き、凉し、新し、悲し

となることの所以を知らず。或は又別に「きゆ」「しゆ」の活用が、形容詞に新に生じたりといはざるべからざるに至らむ。かくなれば、わが國語學上に形容詞の法格の上に一大變動を起し、たとへば「大きい」といふ語につきては

  おほきく、おほき、おほきい、おほきけれ

の如き形式を認めざるべからず。かくてこれら形容詞の語幹は

  おほき、 おほき

の二様ありといはざるべからず。上述の如く拗音の長呼音なりといふ論を主張せむものは、これらの事を肯定するに足るべき立証をなすべきなり。この立証をなさずしてこれを國民に首肯せしめむとするが如きは不可能の事に属す。

この

  おほきう、 あたらしう、 かなしう、 すずしう

の「き」「し」と「う」との間の音の相互の關係によりて拗音の如き感を起すことあるは既にいひたる如く事實なり。されど、拗音とは二重の母音のありて一に成熟せる一個の音を示すものにして、かくの如き一時の假現的現象をまで一の熟成せる音となすことは未だかつて聞かざる所なり。かくの如き二音の關渉によりて起る一時の現象は他にも存し、しかも頗る頻繁なるものなれば、かゝる一時の現象をも一一特別の記號にてあらはせむと欲せば、上に述べたる如く聲音學的記號を用ゐるの外なきなり。然るに、こゝに至りては極端なる音の機械的写真を主張して國語の法格を破壊するを顧みずして、他面には「は」「を」「へ」の如き古來の假名遣を保存せるが如きは、吾人その眞意の奈邊に存するかを知るに苦むものなり。

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舩木直人(funaoto@hat.hi-ho.ne.jp)